5000万の赤字だった工場を黒字化させた7つの方法ー2
2004年11月、一本の電話が私の運命を捻じ曲げた。
その時、私は中国にいた。年初に「二週間程度」と言い渡された出張は、泥沼の展開を経て気がつけば一年近くが経過していた。ようやく全ての仕事に終止符を打ち、帰国の途につこうとしていた、まさにその瞬間の着信だった。
相手は日本の技術部長だ。
「そっちの仕事はもういいだろう。すぐに帰ってこい」
受話器越しでも伝わる焦燥感。部長の声は低く、切羽詰まっていた。
「日本の工場が、ちょっとヤバいんだ」
「……私の独断では帰れませんよ。両国の社長同士が決めたことですから、そちらで筋を通してください」
他人事のように返して電話を切ったが、十日後、私は一年ぶりの日本の地を踏んでいた。
帰国後も休む暇はなかった。出張中に溜まっていたフォローを片付け、一週間後、私は問題の工場へと向かった。
静岡県伊豆。東京の事務所から電車を乗り継ぎ二時間。到着した私を待っていたのは、異様な光景だった。
一年前に訪れた時、そこは二十人ほどの静かな工場だったはずだ。しかし今、敷地内には人が溢れかえっている。後に知ることだが、応援を含めた延べ人数は二百人にまで膨れ上がっていた。
「何なんだ、この人数は……」
圧倒されながら、すぐに会議室へと呼び出された。
席に着くや否や、目の前に一枚の資料が突きつけられた。十一月の決算書だ。
売り上げ規模は約二億円。だが、視線を下にスライドさせた瞬間、私は絶句した。
計上されていたのは、「五千万円」の赤字。
さらに事態は最悪だった。現場をマネジメントすべき工場長が、この修羅場に耐えかねて失踪したというのだ。会議室は「今後どうする」という怒号に近い議論でざわついていたが、当時の私にはまだ、どこか他人事だった。
「……それで、私は一体何をすればいいんですか?」
話を遮って問いかけると、技術役員が吐き捨てるように言った。
「全部だ」
「断ります」
私は即答した。量産化された品番は約五十アイテム。その全てがトラブルを抱え、火を噴いている。ここで「全部」を引き受ければ、命を削る不眠不休の日々が始まるのは目に見えていた。
押し問答の末、私は渋々条件を飲んだ。
「……分かりました。今、最もトラブルが酷い十一アイテム。それだけは、私が引き受けましょう」
それが、地獄の蓋が開いた瞬間だった。
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