←第7話:消えた一億円の行方、経理部長が仕掛けた「売価設定」という罠
経理の迷宮で格闘しながらも、私はもう一つの戦いを進めていた。現場の「生産管理」という、工場の心臓部を正常化させる戦いだ。
かつての生産管理は、エビデンスなき空想に過ぎなかった。
計画と実績がズレるのは当たり前。そのズレを埋めるために、不必要な残業が発生し、あるいは手持ち無沙汰な人間が溢れかえる。
「どの製品に、どれだけの材料と時間を費やしているのか」
この基本情報すら持たずに計画を立てることなど、目隠しをして車を運転するようなものだ。しかし驚くべきことに、この工場にはそのデータが存在していなかった。
私は、現場に眠っていた「日報」に目をつけた。
そこには現場の生きた情報が記されているはずだったが、現実は無残だった。紙の記録ゆえ、上司がまとめて判子を押せば役割終了。情報は活用されることなく、ただの紙屑として積み上がっていた。
「これを、デジタルデータに変える」
私は自ら集計プログラムの開発に着手すると同時に、現場の所属長たちに日報データの入力を命じた。彼らにとっては純粋な工数増だ。「なぜこんな面倒なことを」と猛反発を受けたが、私は一歩も引かなかった。
「事実を知らなければ、君たちの苦労は永遠に報われない」
ようやく彼らの納得を取り付けた。
プログラムを現場に合わせてカスタマイズし、完成させるまでに一年。その過程で、私はこの工場の致命的な欠陥に気づく。
日報には、肝心の「段取り工数」や「段取りで消費した材料」が一切記されていなかったのだ。聞けば、過去の工場長が「書かなくていい」と指導していたという。
私は即座にルールを改定した。段取りを無視することは、工場の現実を無視することに他ならないからだ。
事実、管理側は日報を鵜呑みにして材料を発注していたが、現場からは「準備をするたびに材料が足りない」と悲鳴が上がり、追加発注が常態化していた。
——そう、あの倉庫で見つかった二十トンのデッドストックは、この「段取りという名の空白」が生み出した計算ミスの残骸だったのだ。
良くても、悪くても、まずは事実を。
私は集計された生の実績値を、初めて生産計画の数式へと織り込み始めた。
それは、工場の「勘」が「科学」へと変わった瞬間だった。
→第9話:「在庫を4分の1に減らした私の決断。ベテラン社員が『材料がなくて生産が止まる!』と震えた日
Note:https://note.com/haletosu/n/n9ad03c94b212