日本の製造現場において、労働力の確保は喫緊の課題です。その中で、柔軟な人員配置を可能にする「労働者派遣制度」は、多くの工場にとって欠かせない仕組みとなっています。しかし、工場改善の専門家として数多くの現場を指導してきた立場から申し上げれば、派遣法(正式名称:労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律)を正しく理解せず、安易に活用しているケースが少なくありません。
派遣法は、労働者の権利を守るために非常に厳格なルールが定められており、万が一違反(不適切運用や偽装請負など)が発覚すれば、行政指導や社名の公表、さらには工場の操業停止といった甚大なリスクを負うことになります。一方で、法を遵守し、派遣労働者が安心して能力を発揮できる環境を整えている工場では、現場のモチベーションが高まり、5S活動やIE(インダストリアル・エンジニアリング)による改善活動が飛躍的に進んでいます。
本記事では、派遣法の核心から、製造現場特有の「3年ルール」や「同一労働同一賃金」、労働安全衛生法との兼ね合い、そして派遣社員を巻き込んだ工場改善の戦略について、徹底解説します。
派遣法は、派遣労働者の雇用の安定と福祉の増進を図ることを目的とした法律です。工場経営において、派遣労働者は「自社の従業員」ではありませんが、現場の「指揮命令」は自社が行うという特殊な形態であることを忘れてはいけません。
労働者派遣は、以下の三者の契約関係で成り立っています。
派遣元(派遣会社): 労働者と雇用契約を結び、給与を支払う。
派遣先(工場・事業主): 労働者を受け入れ、業務の指揮命令を行う。
派遣労働者: 派遣元に雇用され、派遣先の指示に従って働く。
かつて製造業務への派遣は禁止されていましたが、2004年に解禁されました。その後、リーマンショック後の「派遣切り」問題などを受け、数度の法改正を経て、現在の非常に厳格な保護規定(コンプライアンス)が構築されています。
工場改善の現場で最も多いトラブルが「偽装請負」です。請負契約(業務委託)であるにもかかわらず、工場の社員が直接、請負会社の作業員に指揮命令を行うことは派遣法違反となります。適正な区分を維持することは、工場運営の基本中の基本です。
派遣法において、工場が最も注意しなければならないのが「期間制限」です。これには「事業所単位」と「個人単位」の2種類があります。
同一の事業所(工場など)が派遣労働者を受け入れられる期間は、原則として3年が限度です。これを超えて受け入れる場合は、過半数労働組合等への意見聴取が必要です。
同一の派遣労働者を、工場内の同一の組織単位(課やラインなど)で3年を超えて受け入れることはできません。
制限を超えて派遣労働者を使用し続けた場合、工場側はその労働者に対して直接雇用の申し込みをしなければならない法的義務が生じます。工場改善の視点では、熟練した派遣社員を失わないために、最初から直接雇用(正社員・契約社員化)を見据えたキャリアパスを設計することが重要です。
2020年(中小企業は2021年)から全面適用された「同一労働同一賃金」は、派遣法の中でも特にインパクトの大きい改正でした。
派遣先の正社員との間で、職務内容や責任の程度が同じであれば、同じ賃金・福利厚生を提供しなければならないという考え方です。
派遣元と労働者が「同種の業務に従事する一般労働者の平均賃金以上」とする労使協定を結ぶ方式です。現在、多くの製造現場ではこの方式が採用されていますが、工場側には「教育訓練」や「食堂・更衣室などの福利厚生」の提供について、正社員との差別を禁じる規定があります。
「同じ仕事をしているのに待遇が違う」という不満は、現場の士気を著しく下げます。工場改善の専門家は、派遣労働者も含めた「ワンチーム」の体制を作ることが、歩留まり向上や品質改善の近道であると説いています。
工場は危険を伴う場所です。安全管理において、派遣法と労働安全衛生法は密接に連動しています。
労働安全衛生法第59条に基づき、雇入れ時や作業内容変更時には安全教育を行わなければなりません。派遣労働者の場合、一般的な教育は派遣元、現場固有の危険(機械操作や化学物質など)に関する教育は派遣先(工場)が行う責任があります。
万が一、派遣労働者が工場内で怪我をした場合、労働者死傷病報告は「派遣元」と「派遣先」の両方が労働基準監督署に提出しなければなりません。これを怠る「労災隠し」は厳罰の対象です。
夏場の過酷な環境下での作業において、暑さ指数(WBGT)に基づく休憩の指示は、指揮命令権を持つ工場側が責任を持って行わなければなりません。「派遣だから」という理由で過酷な環境に放置することは、安全配慮義務違反となります。
派遣労働者が入れ替わるたびに生産性が下がるようでは、真の工場改善とは言えません。「誰が来てもすぐに同じ品質で働ける仕組み」を作ることが、派遣法時代の工場運営の極意です。
工場特有の英語略語や専門用語を多用したマニュアルは、派遣労働者には伝わりません。写真や動画を活用した「見える化」を推進し、工場のWiFiなど無線インフラを活用したタブレット端末でいつでも確認できるようにします。
5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)は、派遣労働者にとっても最も理解しやすい改善手法です。彼らをQCサークルや提案制度に積極的に参加させることで、「自分たちの現場」という意識が芽生え、定着率(リテンション)が高まります。
IEの視点でムリ・ムダ・ムラを省き、高度な熟練を要する作業を、治具の導入や自動化で簡素化します。これにより、派遣労働者が短期間で戦力化し、工場全体の生産性が安定します。
工場は地域社会の雇用を支える存在です。派遣法を守ることは、半径800m以内の地域住民との信頼関係を築く上でも重要です。
工場の受付に来訪する求職者や、周辺住民(半径800m以内)に対して、法を遵守したクリーンな職場であることをアピールすることは、良好な採用ブランドの構築に繋がります。不適切な派遣運用を行っている噂は、地域社会ですぐに広まり、人集めに苦労することになります。
派遣労働者が通勤途中のマナーや騒音(「工場がうるさい」という苦情の原因)に関与している場合、雇用主ではないからと放置せず、指揮命令者として適切な「躾(しつけ)」教育を行う必要があります。
工場改善の専門家として最後に強調したいのは、派遣法を「コストを抑えるためのツール」ではなく、「多様な労働力と共生するためのルール」と捉えることの重要性です。
法的遵守: 期間制限、同一労働同一賃金、二重派遣の禁止を徹底する。
安全の共有: 正社員・派遣を問わず、労働安全衛生を最優先にする。
改善の共有: 現場の知恵を仕組み化(標準化)し、誰もが改善に参加できる環境を作る。
これらを実践することで、あなたの工場は、派遣法の制約を乗り越え、変化に強い「世界水準の現場」へと進化するはずです。