日本の製造業において、外部のリソースを活用することは、変動する生産量への対応やコスト管理の観点から不可欠な戦略となっています。しかし、工場改善の専門家として数多くの現場を見てきた中で、最も深刻かつ潜在的な経営リスクとなっているのが「偽装派遣」です。
「請負だから大丈夫」「現場の指示が早い方が効率的だ」といった安易な考えが、知らないうちに労働者派遣法や職業安定法に抵触し、是正勧告や社名の公表、最悪の場合は刑事罰や操業停止を招く事態に発展します。特に2024年以降、物流・製造現場におけるコンプライアンスの要求はかつてないほど高まっており、偽装派遣の解消は工場改善における最優先事項の一つです。
本記事では、偽装派遣の定義から、請負と派遣を分ける「判断基準」、製造現場で陥りやすい具体的なNG事例、そして法的リスクを完全に排除しながら生産性を高めるための実務的な改善策について、徹底解説します。
偽装派遣とは、形式的には「業務請負」や「業務委託」といった契約を結びながら、その実態は「労働者派遣」として運用されている状態を指します。
「請負」と「派遣」の最大の違いは、労働者に対する指揮命令権がどこにあるかという点に集約されます。
労働者派遣: 派遣先(工場側)が作業者に直接指示を出す。
業務請負: 請負会社(受託側)が自らの作業者に直接指示を出す。工場側は請負会社の責任者に対してのみ指示・要望を伝える。
偽装派遣が禁止される理由は、労働者の権利保護にあります。派遣であれば、労働者派遣法に基づき、派遣先にも安全配慮義務や就業時間の管理といった責任が生じますが、請負を装うことでこれらの責任を曖昧にし、中間搾取や「労働力の切り捨て」が行われるリスクがあるためです。これは、労働安全衛生法の精神にも反する行為です。
厚生労働省の告示(昭和61年第37号)により、請負か派遣かを判断する明確な基準が示されています。工場改善の専門家は、以下の3つの観点から現場を診断します。
以下の行為が行われている場合、それは請負ではなく偽装派遣とみなされる可能性が極めて高いです。
工場の社員が、請負会社の作業者に直接「今日はこのラインをやってくれ」と指示する。
作業の順序や方法、時間を工場の社員が細かく指定する。
請負会社の作業者の勤怠管理(残業の指示や休暇の承認)を工場側が行う。
請負会社が、単に労働力を提供するのではなく、自らの責任で業務を完結させている必要があります。
請負会社自身が、業務に必要な資材や機材を自前で用意しているか。
業務の完成に対して責任を負っているか。
請負会社の作業者が、工場の組織(課や係)に組み込まれていないことが重要です。
工場の社員と請負会社の作業者が混在して同じ作業を行い、区別がつかない状態(混在作業)は、偽装派遣の温床となりやすいです。
工場改善の現場でよく見かける「ついやってしまいがちなNGアクション」を解説します。
工場の朝礼に請負会社の作業員を全員参加させ、工場の課長が直接指示を出すのは危険です。指示は必ず、請負側の「現場責任者(リーダー)」を介して行う必要があります。
「あそこのネジが緩んでいるから締めておいて」といった些細な直接指示も、積み重なれば「指揮命令」の実態となります。これは5S活動の指導であっても同様です。
本来、請負は自らの機材で作業するのが原則です。工場のフォークリフトを無償で貸し出し、メンテナンスも工場側が行っている場合、それは「労働力の提供(派遣)」に近いと判断されるリスクがあります。
偽装派遣を放置することは、工場運営にとって「時限爆弾」を抱えるようなものです。
都道府県労働局の調査により偽装派遣と認定された場合、是正指導や改善命令が出されます。これに従わない場合や悪質な場合は、企業名が公表され、社会的信用を著しく失墜させます。これは採用ブランディングにおいても致命傷となります。
2015年の法改正により、偽装派遣であることを知りながら受け入れている場合、工場側がその労働者に対して「直接雇用の申し込み」をしたとみなされる制度が導入されました。本人の承諾があれば、意図しないタイミングで直接雇用しなければならなくなります。
偽装派遣の状態で事故が発生した場合、責任の所在が曖昧になり、損害賠償や労働安全衛生法違反の追及が複雑化します。これは被害に遭った労働者にとっても不幸な事態です。
法を遵守しながら、いかにして柔軟な生産体制を築くか。専門家の視点から改善策を提案します。
混在作業を解消するために、特定の工程やラインを丸ごと請負会社に任せる「エリア請負」へ移行します。
物理的区切り: テープやパーテーションでエリアを明確にし、そこに工場の社員が入り込んで直接指示を出さない環境を作ります。
責任の明確化: 「人数を出す」のではなく「この工程の出来高と品質を担保する」という契約に見直します。
請負会社の現場リーダーを育成し、工場側の担当者との間に「公式な連絡ルート」を確立します。
SOP(標準作業手順書)の整備: 手順書が完璧であれば、直接指示を出さずとも品質が維持できます。工場改善の基本である「誰がやっても同じ結果が出る仕組み」が、偽装派遣防止の最大の武器になります。
工場のWiFiなど無線インフラ活用したデジタルサイネージや生産管理システムを導入し、請負エリアの進捗状況をリアルタイムで可視化します。
非対面での情報共有: 直接口頭で指示を出さずとも、システム上で「次のロットの仕様」や「目標数」を共有することで、法的リスクを下げつつ効率を上げることが可能です。
工場は地域社会の信頼の上に成り立っています。
工場の受付から入るすべての外部スタッフが、適正な契約の下で働いていることは、地域住民(半径800m以内)に対する責任でもあります。不透明な雇用実態は、近隣からの不信感を招き、将来的な労働力確保の妨げになります。
派遣か請負かに関わらず、現場の安全は絶対です。偽装派遣を解消することで、それぞれの責任範囲が明確になり、結果として暑さ指数(WBGT)管理や騒音対策(工場がうるさい問題の解消)などの安全・環境対策もより実効性のあるものになります。
偽装派遣の解消は、単なる法規制への対応ではありません。それは、自社の業務を「標準化」し、外部パートナーとの「対等な協力関係」を築くための工場改善プロセスそのものです。
現状診断: 現場で直接指示を出していないか、混在していないかを確認する。
仕組み作り: 指揮命令系統を整理し、エリア請負を推進する。
教育の徹底: 工場の管理職に対し、派遣法と請負の違いを教育する。
工場改善の専門家として最後に断言します。コンプライアンスを追求した先にある「透明性の高い現場」こそが、最も生産性が高く、かつトラブルに強い工場となります。
厚生労働省:労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準
e-Gov法令検索:労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律
独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT):業務請負と偽装派遣に関する研究